a big boy now.

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僕が初めて入社した会社は、渋谷にある小さな編集プロダクションだった。
就職氷河期が始まっていた1994年の春、どうせろくな会社に入れないからと、就職活動もしないまま僕は大学を卒業した後、アルバイト情報誌で見つけて応募した会社だった。

まずは電話で連絡すると、採用担当っぽい人が「それでは、履歴書とあなたの作品を送ってください」と言ってきた。作品って何を送ればいいのだろう?と困って僕が質問すると「絵でも文章でもなんでも好きなものを送っていただいて結構です」と、その人が答えた。
結局、何も解決しないまま、いろいろ考えた挙句、大好きなミュージシャンである佐野元春についての文章を書こうと決めた。
1980年代から1990年代前半にかけての佐野元春の作品の流れと、当時の僕がそれをどう見ていたかという論評を加えたコラムだ。
コラムのタイトルは「a big boy now」。当時のよく聞いていた佐野元春のアルバムの1曲目のタイトル「そして僕は大人になった」の英訳タイトルであり、当時の僕自身の心境そのものでもあった。
徹夜でしあげた原稿用紙10枚くらいのそのコラムが、応募した会社に評価され、僕はその会社に勤めることになった。今で言う、超ブラックな職場だったけど、そこで僕はいろんな人と出会い、いろんなことを学んだ。
後でその会社の社長に、僕の応募した作品のどこが良かったか聞いたら、「書類選考担当のS君が佐野元春のファンだったからね」とあっさり答えてくれた。
人生って、自分の努力や才能と関係のないところで、結構決まってしまうものである。
続けて彼は少しはいいことを僕に伝えようと、こんな質問をした。「君、編集者とライターの違いってわかる?」
わかりませんと正直に言うと、彼はこんなことを教えてくれた。
「自分がどう思ったか、自分の内面を中心に文章を書くタイプはライター向きで、一方で、自分の外側の面白いことをどう取り上げていくといいかって考えながら文章にしていくタイプは編集者向きなんだよ。君の場合はそういう意味では編集者向きな作品だったから採用したんだよ」
たまにこの話をふとしたきっかけで思い出すことがある。
何か面白いもの、をいつも探している気持ちは、確かに紙の編集者からネットのディレクターに変わっても、何も変わっていないような気がする。
そして、今、僕はかなり大人になった。〜 a big boy now.〜

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